映画ベルサイユのばら
映画ベルばら、とても良かったです……。
1回観れたらいいかなと思っていたけど2回目も行きました。
オスカルの生き方や人物像、人々が求めた自由のこと、オスカルとアンドレの関係、感じたいろんなことをとにかく文章にまとめて吐き出したい……!!と思ったものの、実際に手を付けると書き方がわからなくなってとても苦しみながら書いてる(感想ブログ書くときほぼ毎回そう)
前提として、私のベルばら知識は原作未読でざっくりとしたあらすじと主要な登場人物は頭に入ってるくらい。宝塚版はフェルゼンとマリー・アントワネット編(14年花組)フェルゼン編(24年雪組)をさらっと。そもそもオスカル編を観ていないのでベルサイユのばら自体初見に近いくらいの感想です。
***
「なぜなら心は自由だからだ!」
この力強い言葉を聞いた瞬間わっと身体中に血が巡るようで、私自身は身分制度に苦しんだ経験もなにもないのに、ものすごく心を揺さぶられた。忘れかけていたけどそうだった、という気持ちが近いかもしれない。さらにオスカルはこの言葉を訂正する。「自由であるべきは心のみにあらず!人間はその指先1本髪の毛1本にいたるまで、すべて神の下に平等で自由であるべきなのだ」
人権宣言について、歴史としては知っていたけど初めてこんなに自分ごととして考えたかもしれない。自由という概念の登場は、今は想像もできないけど当時の人々にとってものすごくインパクトがあって、それ自体が革命だったんだと思う。オスカルがルソーの社会契約論に出会って自分から思想を学ぶというシーンが明確に描かれていたのも良かった。
実際には人権宣言が対象にしていた「人」とは白人の男性であって、女性は含まれていなかったし、女性の衛兵隊長は史実にはいなかった。フランス革命によって始まった共和制は数年で終焉を迎え(エンドロールでここまで触れていた)、王政復古の時代が始まり、そして再び革命が起きる。そうやって進んだり後退したり、何度も血を流し同じことを繰り返しながらそれでも少しずつ進んでいって、その先に今があるはずなんだ。
まだ10代の頃のオスカルが、マリーの護衛を命じられたときの、りりしく誇らしげな表情がかわいくて印象に残ってる。オスカルは父に言われるまま男の役割をひたすら生きてきた。いわゆる「女性としての幸せ」を捨てたような形で、しかしそれは同時に男社会で力を発揮し認められるという自己実現でもあった。そこに今度は結婚して家庭に入り後継ぎを産めと突然言われる。マジでこの父親……。(結局のところオスカルを戦乱の危機から遠ざけるのが父の真意だったんだけど、だとしてもよ)ジェローデルは彼なりにオスカルを真剣に愛していたんだと思うが、信頼をおき長年対等にやってきたと思っていた相手から、最初から女性としてしか見れなかったとか守られるべきかよわい女性扱いされるのはなかなかキツい……。
女性でありながら男性としての役割を課され、かといって完全に男性として生きられるわけでもなく、女性であるがゆえのしがらみはずっとついて回る。自分の人生は一体なんだったのかと悩み、オスカルが出した結論は、自分の意思で軍人として生き、フランスのために身を捧げるという選択だった。「これよりは軍神マルスの子として生きましょう」その強さと覚悟に震える。自分の意思とは関係なくそうあるように育てられ生きてきたのを、自分の意思で選んだ生き方に変えてしまうのが本当に格好いい。
そしてその通りに最後まで生きた。
革命の戦闘描写のスケール感とリアリティがさすが……という感じだったんですが、オスカルの率いる衛兵隊がひときわ統率がとれていることが視覚的にもよく伝わってきたし、オスカルが指示を出しその通りに隊員が動き進軍していく様子を時間をかけて見せていて、オスカルが優秀な指揮官であり、バスティーユ陥落に大きな役割を果たしたことが描かれていて嬉しかった。舞台ではそのへんが難しくてどうしてもフワッとなるので……。戦いの中で、敵味方どちらの軍勢も一人、また一人と倒れていき、命を奪っているということを容赦なく突きつけてくる。
愛した人を失った深い悲しみのなかでもオスカルは自分を見失うことなく前へ進み、命が尽きる直前まで指揮をとり続けた。よく晴れた空の下で、市民は勝利に沸いていて、誰も一人の軍人の死に気づかない。その歓声の中で、衛兵隊の部下たちがひっそりと「名もなき英雄」となったひとの死を悼んでいる。
「私はバラのさだめに生まれた」「バラは気高く咲いて美しく散る」とはTV版のあまりに有名な主題歌で、特別な運命を受けて短い生涯を終える悲劇的な美しさ、高貴な儚さに惹かれるのは間違いないけど、この映画を見て私の中に残ったのは自分の人生をたくましく生き、最後までやり遂げたその強さと美しさだった。そして「草むらに名も知れず咲いている花」にだってそれぞれの人生があり、激動の時代を誰もが懸命に生きていたんだと感じた。
平民だけでなく、貴族も王族も縛られているけれど本当は自由を求めている、というのもこの映画のテーマになっていたと思う。マリーもオスカルもフェルゼンもアンドレも、権利を求めて立ち上がった市民たちも、上官の命令に従い市民に銃を向ける兵士たちも。自由とは、自分らしく生きるとは、という主題が作品全体を貫いているのがよかった。
話はそれるけど「心は自由」のくだりでもう一個とても印象に残っているのが「なぜそれがわからんのかーーー!!」とオスカルが激昂し男泣きするところ。部下と分かりあえないことへの苛立ちと、それ以上に自分のふがいなさへの怒りなのか、にしてもあんまりにも熱血で……。見た目通りのアンニュイな麗人ではない、熱くて激情家でまっすぐなオスカル、めちゃくちゃ魅力的な人だ。
***
「この人は生まれながらの女王なのだ」
恋を知らない無邪気な少女だったマリーが、女性として、王妃としてみるみるうちに成熟し開花していく、その鮮やかさと存在感に何度も目を奪われた。平野綾マリー・アントワネット、素晴らしかったですね……この声でなければ物語の奥行きがまったく違っていたと思う。マリーは数年のうちにどんどん大人の女性になっていくのに、オスカルは大きく変わらないままという対比もよかった。
好きな人にはなんでもしてあげたい、がマリーの行動原理で、オスカルのことも愛しているからなんでも与えてやりたいし安全な場所に、できれば自分のそばにいてほしい。でもオスカルが望んでいるのはそうではないんですよね……。結局そこがわかりあえないまま別れてしまう。あなたのことを守りたいのに、どうしてわかってくれないのだろう、と互いに思っている。
「近衛隊にお戻りなさい」という一声にあふれる威厳。オスカルの進言を聞き入れず、「王権は神が与えたもの。国王陛下の栄光なくしてはフランスの発展はありえない」とごく当然のように言い放つマリーは愚かなのではなく、ただ古きよき時代そのままの誇り高い王妃だった。
その後のマリーのエピソードは映画中では描かれず、フランス革命の経過と、マリー・アントワネットが処刑されたという歴史上の事実のみが伝えられる。エンドロールで流れる、すべてを受け止め包み込むような主題歌がまた素敵で、この映画の終わり方としてはこれ以外ない、これが正しいなと思う。ただやっぱりマリーの最期まで観てみたかった気持ちもあります……平野綾マリーがほんとに素晴らしかったので……。
***
「連れていけ、地獄の果てまで。おまえと離れては生きていけない。おれはおまえの影だ」
アンドレという男のことを私は何も知らなかったんだ……。
光と影、はよく言うけどこういう影もあるんだな。オスカルがいる限りオスカルの一番近くにアンドレがいて、アンドレがいるからオスカルは自分の存在を確かめられる。
挿入歌「Believe In My Way」のそれぞれの心象風景が、マリーは海の底、オスカルはいばらの中、フェルゼンは海辺。アンドレは溶岩が流れる大地の上に立っていて、ひび割れた地面の隙間からマグマが見える、その狂おしいほどの思いを内に押し込めているイメージがアンドレだったなと思う。最初は爽やか大親友ボイスだったのにどんどん激重になっちまって……
思い詰めた末の毒ワイン事件(未遂)、いくらなんでもそれはお前ーーー!なんだけど、ただでさえ長年の思いがふくれあがっているところにいろんな方面から追い討ちをかけられて相当参っていたんでしょうね……。オスカルにゆるされて嗚咽するアンドレ、今まで本当に辛くて苦しかったんだな……。豊永さんのこういう演技好き。オスカルの方もアンドレとの関係を見つめなおすことになるけど、あんなことがあったというのにアンドレから離れるって考えは浮かばなかったんだから、すでにある意味答えは出ている。
「私が結婚すると彼は生きていけないほど不幸せになってしまう」「彼が不幸せになるなら、私も世界一不幸な人間になる」彼を愛しているのかはわからない、と言うけど、そこまで思えてしまうのはもう、どんな種類であるにせよ、間違いなく……。というところに「私もまた貴女が不幸になるなら世界で最も不幸な人間になってしまうから」と言って身を引くジェローデルが何枚も上手。
この辺りになるとオスカルも自分の気持ちにうすうす気付いているんだろうな~~。そしてアンドレもそれを感じつつ、お互いそれ以上踏み込まないでいる……みたいな、ワンシーンだけ描かれている微妙な空気感がとてもいい。
そしてあの夜。硬い表情や声からオスカルの緊張がすごく伝わってきて、自分から切り出すのはすごく勇気がいるしこわいことだったよね、と胸がギュッとなる。アンドレがひざまずいて「すべてをくれると……」で今宵一夜の正解だ~~~となったり(?)咄嗟に逃げようとするのを抱きしめてからの「待たない」「おれは待った。じゅうぶんすぎるほど待った」「もう待てない」からの「こわくないから……」さすがにオーバーキルすぎて観てるこっちが照れる。数秒前まで「すべてをくれると……?本当に?」みたいな感じだったのにこの男。髪に触れたり唇をなぞったり、全部いとおしそうにするのが素敵で、と同時にすでに視力を失いかけているから手で触れることで確かめていたんだよね……。
馬に乗って駆ける後ろ姿が、もうはっきりとは見えなくても記憶の中で光り輝いていて、いつも前をゆくオスカルを見ていたこの景色がアンドレの宝物だったんだなあと思った。致命傷を負ったアンドレが、手当てしようとするオスカルに「隊長がなぜ現場を離れる」と息も絶え絶えに言うところがめちゃくちゃ好きで。オスカルが自分の信念を果たすことがアンドレにとって何より大事なことだから。あと、こんな状況なのに「(目が見えないのは)いつからだ!なぜついてきた!このばかやろう!!」って掴みかかるオスカルも好きなんだよね……好きだしつらい……。
オスカルはアンドレの血で染まった軍服を纏って戦場に向かう。朝、軍服に袖を通した瞬間にだって、それ以外のふとした瞬間にも何度も何度もアンドレがもういないことを感じただろうに、本当に何気なく、いつもそうしていたように呼びかけてしまう。言葉が出ない。別れを受け入れるには存在があまりにも大きすぎる。
でもアンドレは最後までずっとオスカルのそばに寄り添っていたんだと思う。私にはそう見えた。吹き抜ける風とか、風に舞う葉とか、空を飛ぶ鳥とか、そういうものとして。だからオスカルは最後のその瞬間まで一人じゃなかった。「あの春のたまゆらにおまえがいた」「カストルとポルックスのように」。幼い頃から魂を寄せ合って生きてきた二人の姿がいつまでも心に残った。
***
その他雑感
・今宵一夜の正解とは→宝塚版ではオスカルがアンドレの足元に跪くんだよね。なぜなのか……アンドレが愛を乞うのがいいんじゃん〜〜
・本文中にら全然触れられなかったけどフェルゼンもいいよね……あのスマートさと分け隔てないあたたかさというか、理屈ではなく惹かれてしまうのがわかる。やっぱり顔がものすごく綺麗だし声も素敵だし……。だが生涯を共にするなら陛下一択、フェルゼンは永遠の初恋の人タイプの男……
・アランが草くわえてるの好き
・オスカルの転属を知ったジャルジェ将軍。(アンドレに向かって)「あの馬鹿が自信過剰の鼻っ柱をへし折られて逃げ帰ってくるまで護衛しろ!」こうと決めたらテコでも曲げないことをなんやかんや理解していていつも手を焼いてる感。でそんな娘さんは間違いなくあなた似です。
・ベルナールのミュージカル革命ソング、歌詞とメロディーと歌声のハマり方はこの曲が一番だと思う……。武器を取れシトワイヤン!リプライズの使い方に鳥肌が立った。
