なにか_a

@matiya_a

映画『カラオケ行こ!』を観た

「爽やかな青春映画」「家族で気軽に観れる」みたいな感想を読むとえっ…………???てなる。否定したいんじゃなくて、そっか普通の人にはそうやって見えるんですね!?的な。

 

 

いや………やばくなかったですか??

 

 

原作は3年前くらいに読んでて、そのときの感想はめちゃくちゃ刺さるっていうよりは普通に「良いね~~」って感じだった。『ファミレス行こ。上』も読みました。和山先生のギャグセンスと独特の空気感が好きなんですけど、今作の主役ふたりの関係性については刺さる人にはとことん刺さるやつだなあくらいのテンションで眺めてたんですよね、今までは………。実写化するのは知ってたけど特に観に行くつもりはなかったのが、なんかすごいらしいと評判を聞いて急遽観に行ったんですけど、

 

 

実写の狂児と聡実くん

綾野剛は本当にすごかった。キャストが発表された時点ではビジュアル的にイメージと違うんだよな~と思っていて。それが、第一声を発した瞬間の表情や声のトーンや、すべてに「狂児だ………!」と衝撃が走って、そこから先はずっと違和感なく狂児にしか見えなかった。

動いているところを見るのは初めてのはずなのに、細かい表情やなんでもない仕草も全部「この人は間違いなくこういうことする」っていう納得感がすごい。原作のまんまコピーではなく、彼にしか演じることのできない独自の人物像で、なおかつ狂児以上に狂児というか……。

 

あの胡散臭い笑顔と聡実くんにダル絡みするところが個人的にツボで、「聡実くん肘、肘聡実ひじさとみ~」の意味わかんなさとダブルピースが好きです。

 

あんなにしつこく寄ってくるくせに肝心なことは何も教えてくれなくて、ある日突然ふらっといなくなってしまいそうな。絶対この人に関わり続けたらよくないって分かってるのにどうしようもなく惹かれてしまう、そういう説得力がすごい。

 

 

 

そして聡実くんもすごくよかった……。あれはかわいがりたくなるよね。原作だと可愛げないところがかわいいみたいな感じだけど、映画版の聡実くんはもう少し等身大の繊細な危うさが出ていて、クラスメイトや家族といるときのの空気感とか、モノローグはなくても今心の中でいろんなこと思ってるんだろうな……と伝わってくるのが絶妙だった。

 

狂児にからかわれて本音をぶちまけるシーンがすごく印象的で、ああこういう子だったんだと思った。言いたいことがあっても「そうじゃないんだけど反論してもな……」と俯瞰で判断してのみこんじゃうタイプで、大人びててさめてるように周りからは見られる。でも本当は合唱にすべてを懸けてきたという強い思いがあって、それを失うかもしれないことが怖くて、誰にも言えないから苦しいよね……わかるよ……。スマホの待ち受けが合唱部の集合写真なことにまた胸がキュッとなった。

 

 

 

組の人たちに怯えて狂児の腕にしがみつくところ意味わかんないくらいかわいかったな……。あとその場面でオレンジジュースに全然手を付けていないのを見せてからの、二人きりのカラオケ練習会では狂児の歌の最中に容赦なくジュース飲んでチャーハン食べてるって描写によさが詰まっている。

 

曲目リストを説明するときに初めて自分から近寄っていくのがかわいいし、それに対して狂児が「おっ?」って顔してから曲目リストではなく聡実くんをずーーっと(本当に長い間)見つめてて…………しかも聡実くんは気付いていない。本人を前にするとふざけたりはぐらかしたりするのに、本人に見えないところでいとおしそうな表情するんだよな、この人………。

 

 

聡実くんの歌

原作の感傷的にならず淡々と進んでいく独特の雰囲気が私は好きなんだけど、この映画は「青春時代の終わり」という要素が繰り返し強調されていて。わかりやすくエモさを出してくる演出なのでその辺りはちょっと違うなと思いつつ、しかしそういうテーマをバーンと出されるとやっぱり刺さる。卒業とともに映画を見る部は廃部になり、聡実くんのソプラノが失われ、ミナミ銀座が消え狂児が去る。巻き戻せないビデオテープとは二度と戻らない日々のことで。

 

ボーイソプラノの少年の変声期というモチーフ、少年から大人に変わっていくときの揺れる心とか、終わりが近づいているのを感じながら今あるもの全部を振り絞ってパフォーマンスをするというテーマが自分はものすごく好きだったのを思い出した。鎌谷悠希先生の『少年ノート』という作品が好きなんですよね……。

 

 

ももちゃん先生が口癖のように(というか困ったときに)言う「歌は愛やで」は、まさに聡実くんの「紅」なんですよね。声が掠れても高音が届かなくても、綺麗じゃなくても、あの歌が一番よかった。本当にすごかった……歌っているあいだに声がどんどん出なくなっていくのが痛いくらいに分かって、少年期の終わりを燃やし尽くすような、人生でたった一回きりの歌、それが表現できてしまうんだな……。あの歌を聴くことができたっていうのはすごい体験だった。そしてドアの前で聡実くんの歌を聴いている狂児の表情、それを愛と呼んでもいいですか。

 

 

***

 

聡実くんは狂児にだけ心を許してしまっているけど、狂児はやっぱり別の世界の人間で、ヤクザと中学生という二人の関係ってかなり危うい。本来なら人生が交わることはなかったはずなのに、出会ってしまったが最後忘れようにも忘れられない。

 

原作の再構成がうまかったこと、生身の人間が演じていること(素晴らしい演技だった)、たぶんそういうのが作用して、私の場合初めて原作の『カラオケ行こ!』という作品を本当の意味で理解できた気がします。なんなら「青春」要素が強調されたことが、作品全体に爽やかさを加えているんだけど、同時にそんな青春の中にある二人の関係の異質さが際立っているようにも感じた。心温まる友情なんてものじゃない、もっと強烈な……。「紅」はふたりのイメソンだったのか……とも初めて思った。

 

 

 

原作の名刺を見つけるところが好きだったから、都合上難しいとはいえ演出が変わっていたのは少し寂しかった。で、今読み返していたら真っ赤ないちご……以前の私はどんだけ読み落としていたんだってなったよ。そして『ファミレス~』の聡実くんが消したいもの。もう、どうしたらいいんですか……